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研究室テーマを「歴史教育」ではなく「歴史の学習環境デザイン」にした理由

(1)「どんな研究室を作りたいのか」という自問自答

僕は研究者を目指した頃から、自分の研究室を持つのが1つの夢でした。研究室を作るというのは、同じテーマを探究する学問共同体が世代を超えて生まれることを意味します。

そのため、研究室テーマをきちんと言語化するというのは、自分の中ではとても大事な作業でした。僕の専門は「歴史を現代に応用するラーニングシステムの開発」なのですが、個人の研究テーマを看板にすると門戸が狭くなりすぎます。そのため、少し研究室テーマを広げた方が良いなという気はしていました。

(2)なぜ「歴史教育」を研究室テーマにしないのか

僕は普段、歴史教育の領域で研究しているので、研究室テーマを「歴史教育」にするのは自然といえば自然なのですが、昔からずっと歴史教育に窮屈さを感じていました。

「なぜ教室という特殊な空間で歴史を授業するという前提なんだろう」

「なぜ同質性の高い生徒同士で歴史を対話しているんだろう」

「なぜ高校が終わった後の学びはあまり考慮しないんだろう」

「そもそも歴史的思考力って何なの?指導要領に書かれていることだけで良いの?」

こんな疑問を持っていたわけです。

(3)「学習環境デザイン」との出会い

そんな時、学校教育だけでなくインフォーマルな学習場面も視野に入れて、「学習環境デザイン」を専門にしている山内祐平先生と出会いました。

「学習環境」は、学習者中心・共同体中心・知識中心・評価中心を掲げたコンセプトです。また、「学習環境デザイン」は、「活動」「共同体」「空間」「人工物」の4つを有機的に結びつけながらデザインをするのが特徴です(山内, 2020)。

僕は博士課程を含めて約15年間、山内研究室で「歴史の学習環境デザイン」の研究プロジェクトをしてきました。例えば以下のような研究です。

・大学の歴史学の講座を何歳になっても学べるオンラインの学習環境デザイン(論文

・普段見ているニュースと関連する歴史をどこでも検索でき、両者を踏まえて将来を考えられる学習環境デザイン(論文

どちらも歴史の教室内に閉じず、学習指導要領とも距離を置いて、歴史を学ぶとはどういうことなのか、それを実現する最適な学習環境はどういうものなのかを突き詰めたもので、参加者が伸び伸びと楽しそうに歴史を学んでいた点が印象的でした。特に前者の研究プロジェクトでは、戦後大学に通えず心残りに感じていた高齢者の方が、本当に楽しんで学習されていたことが今でも心に残っています。

(4)研究室テーマを「歴史の学習環境デザイン」にした理由

僕は、「歴史」という人類だけが持っているすごい価値の高い情報を、人類がどう学びうるのかに興味があります。それが学べる環境として、学校教育が第一なのは間違いありませんが、もっと裾野を広くして歴史学習を考えていきたいという思いがあります。

「そもそも人は、いつ・どこで・どんな歴史に触れるのだろうか」

「そもそも人は、誰と・なぜ・どのように歴史を語るのだろうか」

学習指導要領や受験に縛られず、もっとアカデミックに、自由に、歴史の学び方を考えていきたい。そして、「今の学校の歴史教育」のフレームをアップデートするために、「学習環境デザイン」の視点を使って、「未来の学校の歴史教育」のフレームを創造したい。

そんな想いを込めて、以下のように「歴史の学習環境デザイン」を研究室テーマに設定しました。

(5)研究室を社会のハブに

幸いにも、池尻研究室の学部の1期生は定員MAXの5名が入りました。 大学院も修士課程が1名、博士課程が1名入りました。嬉しい限りです。 仮に定年まで働けば、25期生くらいまで学部生・院生を迎えることができます。

僕が死んでも「歴史の学習環境デザイン」を探究する学問共同体が続くくらい、みんなで頑張っていきたいと思いますので、「歴史の学習環境デザインを通して未来の歴史教育を創造したい!」という方がいれば、ぜひ池尻研究室にお越しください。 学部生や大学院生だけでなく、連携研究もじゃんじゃんお待ちしています。

ちなみに、次回からは池尻研究室のゼミ生の研究紹介・学術ワードの紹介を連載していく予定です。お楽しみに!

参考文献

山内祐平(2020)学習環境のイノベーション. 東京大学出版会.

米国学術研究推進会議編著, 森敏昭, 秋田喜代美(訳)(2002)授業を変える−認知心理学のさらなる挑戦. 北大路書房.

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今年の抱負2:次のキャリアを考える -教材開発から学習インフラ開発に移行するために

東京大学で特任助教、特任講師を続けて約10年ということで、そろそろ次のキャリアを考えたいなと思っています。

長期的な目標はずっと「人類全体が歴史を繰り返さないよう、歴史から学べる新しい学習インフラを開発する」なのですが、これを実現するにはどのキャリアに進むのが良いのかをずっと悩んでいます。

というのも、これまでは色々な教材開発をしつつ授業実践をし、新しい学習の風景を開拓するというスタイルで研究をしてきたのですが、論文だけだと現実の世界に教材を広める力が弱いため、「新しい学習インフラ」にするにはハードルがあるなと感じたからです。ちなみにここでいう「学習インフラ」とは、学校制度、セサミストリートやNHKのような教育テレビ、Scratchのようなプログラミングの構築・共有ができるWEBサイトなどをイメージしています。

それでグルグルと色々なことを考えているのですが、単発の教材開発をする研究者から、学習インフラを開発する研究者に移行するには、大きく3つのポイントがあるなと感じました。

1つ目は、学習インフラを支える教育理論・思想を構築することです。新しい学習インフラをきちんと構築するには、教材や学習コンテンツがバラバラに存在しているだけではなく、それらを編み上げるルールとなる理論や思想が必要になります。これがないと、コンテンツはバラバラと存在するけれども、誰にも使われない状態になります。特に学校制度については理論や思想がしっかりありますが、インフォーマルな領域にも絡むような学習インフラを考えるのであれば、新しい教育理論・思想が必要だなと感じています。個人的にはデューイの教育理論が好きなのですが、どうアップデートできるかはじっくり考えたいなと思っています。

2つ目は、企業との連携です。東大では共同研究プロジェクトを担当することが多かったのですが、やっぱり企業と連携すると一気にインフラとしての実現度合いが高くなるなと感じました。例えば、日本版の「大規模公開オンライン講座(MOOC)」となったgaccoの講座を開発・評価する共同研究プロジェクトに携わっていたのですが、これは研究的な理念を「学習インフラ」にする理想的な事例だなと思いました。資金的な面だけでなく、人的な面でも、やはり一研究者として開発するだけではなく、色々な人と連携できる研究者になる必要があるなと感じています。

3つ目は、現場での利用事例を増やすことです。いくら「モノ」を作っても、教育現場での利用事例がないと、学習のイメージが湧きにくく、「心理面でのインフラ」にはならないと感じました。これは、Google for Educationとの共同研究プロジェクトで、Scratchを小中学校の授業で活用するプロジェクトがあったのですが、長野県の大学と教育委員会と多数の学校の教員がチームを組んで事例をどんどん作り、共有していく中で新しい学習インフラになっていた様子を見て思ったことで、やっぱり現場に落とし込んだ利用事例は普及力のエネルギーになるんだと思いました。

ということで次のキャリアとしては、企業や教育現場と連携できるようなポジションにつきたいなと思っているのですが、それを実現するには、大学教員が良いのか、企業に所属するのが良いのか、NPOもしくはベンチャーを立ち上げるのが良いのか、現場の教員として良い事例を作りつつコミュニティを構築するのが良いのか、もしくは全部やれるのか、その辺りはまだ悩んでいます。

今年はこの辺りをじっくり考えつつ、次のキャリアに進みたいなと思います。

今年の抱負1:研究の根を伸ばす

博士論文「歴史の応用を学習する方法の開発」を出してから8年が経ちました。 助教になってからは研究プロジェクトのメンバーとして論文を書くという生き方を10年近く続け、2021年は主著・共著あわせて10本の論文を出せましたが、最近、このままだと危ないなと思うことが多くなってきました。

それは、研究の「花」を咲かせるのに力を入れすぎて、「根」の手入れができていないのではないかという危機感です。

博士論文を書いていた時は、自分の研究哲学(主根)に沿って、領域の動向を整理し(側根)、個々の先行研究をレビューしていました(根毛)。下の絵でいうと、黒の根の部分です。

ところが助教以降になると、読んだ論文が年々自分の根に位置づけられなくなることが増えてきました。これには大きく2つの原因があると思います。

1つは、単純に読んでいる先行研究の数が増えて処理しきれなくなってきたからです。プロジェクトや輪読会などを通して、自分の領域の論文はできるだけインプットするようにしているのですが、絵でいう青の点のように「なんとなくこの辺に位置づくな」とはイメージできるものの、自分の側根と具体的にどう繋がるかまでの解像度で考える時間がなく、根の伸び具合がぼんやりしていることが増えました。

もう1つの原因は、研究プロジェクト配属の場合、「自分の専門領域の根」ではなく、「研究プロジェクトごとの根」を育てる必要があるのですが、それをどう自分の根に取り込めるかを考える時間がなくなってきたからです。特に研究プロジェクトの場合は、一定期間のうちに「花」を咲かせることが求められるため、自分の根の手入れをする時間が後回しになりがちです。その結果、例えば「教育におけるAI」という側根のまとまりだけは持っているものの、自分の専門領域の根における位置づけがぼんやりすることが増えました。

じゃあ、どうしたらよいのか。

答えはシンプルで、博論よりメタな学術本を書くことだなと思いました。

つまり、絵の赤部分のように、博士課程の頃よりも哲学や思想(主根)を深くし、先行研究の領域(側根)を広げながら、大量の論文がどう位置づくのか(根毛)をきちんと文章でまとめていく。こういうフェーズが、博士課程を終えた10年目頃に必要になるんだろうなと思いました。

ということで、今年はなんとか時間を作って、地中に潜って根を伸ばしたいと思います。

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日本教育工学会で賞を2ついただきました

週一で徹夜する生活を4か月くらい続けていたこともあってめちゃくちゃ報告が遅れましたが苦笑、今年の日本教育工学会で以下の賞をいただきました!

①日本教育工学会 2018年 研究奨励賞
池尻良平, 大浦弘樹, 安斎勇樹, 伏木田稚子, 山内祐平(2017)MOOC を用いたブレンド型ジグソーのデザインと評価. 日本教育工学会第33回全国大会講演論文集, 153-154, 島根大学.

②日本教育工学会 2018年 論文賞
大浦弘樹, 池尻良平, 伏木田稚子, 安斎勇樹, 山内祐平(2018)歴史をテーマにしたMOOCにおける反転学習モデルの評価. 日本教育工学会論文誌41巻4号, 385-402.
https://doi.org/10.15077/jjet.41085

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学会論文賞をいただきました

全国社会科教育学会から、2016年 研究奨励賞をいただきました!2016年の学会誌『社会科研究』に掲載された論文の中から1本選ばれる、いわゆる論文賞です。大変光栄です。ありがとうございます。

受賞論文は先日掲載された、「池尻良平, 澄川靖信(2016)真正な社会参画を促す世界史の授業開発 : その日のニュースと関連した歴史を検索できるシステムを用いて. 社会科研究, 84, 37-48.」(http://ci.nii.ac.jp/naid/40020897177)です。

今回の受賞論文は、実は4年越しで形になったものでして、本当に多くの方に育ていただいたものだと思っています。ものすごく長くなりますが、感謝の意も込めて少し書きたいと思います。

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